もう一ツの太陽エネルギー

太陽光・蓄電池

2017.03.30

日増しに陽光眩しく感じられる今日このごろ・・・・

世はまさにでございます。
 
今週は私、角井のブログでございます。
 
 
さて、私も57回目の春を迎えまするが

世の中、知らない事ばかり
『謎』だらけでございます。
 
たとえば!!
 
小学生のころからの『謎』!花札のこれ!!
・・・・あのよろし
 
いまだに不明でございます。
 
「あのよろし」の作者は、何の意味が有って、
何の為に「あのよろし」をあみだしたのか・・・・?
 
いまだに謎は解明されていないのである・・・・。
それはさておき!!
 
良い子の皆様には「太陽光」「太陽熱」と太陽のエネルギーはご存知の通りで、
これらのエネルギーは「太陽光発電」「太陽熱温水器」にと、人々の生活に活用されているのでありますが、
今のところ、全く役に立ってない『もう一ツの太陽エネルギー』をご存知だろうか・・・・?
 
 
 
 
 
それは!!

 
 
 
『太陽風』なのである。
 
 
 
簡単に言うと、太陽から吹き出す高温の磁気と電気をおびた粒子だそうである。
『太陽風』は今のところ人類が活用出来るエネルギーではないのだが、
『恐怖のエネルギー』として無視は出来ないのである。
 
「太陽風」は、太陽の表面の『爆発(フレアー)』によって生まれ
秒速300~500kmの早さで約4日間で地球に達するのである。
 
ちなみに、地球の中心では液体状の金属がぐるぐると回転しているそうで、
これにより磁力が発生し、方位磁石がその磁力の流れに沿って、北極と南極を差すそうな・・・・。
 
そして、球の緯度60°~80°あたりがこの磁力が均一方向に流れやすく、
太陽風とこのあたりの地球の磁力が大気中で衝突すると
 
ア~ラ不思議!!
『オーロラ』が出来るのである。
 
 
「太陽風」は四六時中、地球に降りそそいでいるのだが、恐ろしいのは太陽の表面で
 
『スーパーフレアー』
 
 
と呼ばれる大爆発が起きた時で有る。
そして水爆10億個以上のエネルギーの「スーパーフレアー」による「太陽風」が地球方向に「磁気嵐」となって直撃するとどうなるか?
 
 
 
それは、1859年に起きたのである・・・・。
 
もし、1856年に没した二宮金次郎(尊徳)も
それに出くわしていたら、きっと損得抜きにおったまげただろう・・・・。
 
 
 
・・・・皆さん!!
笑うところですよお~~~!!
で、1859年に何が起きたかというと、

ハワイやフロリダにキューバでオーロラが出現したのである!!

 
 
 
 
 
しかも!夜でも新聞が読める明るさだったのである。
 
実はその時は日本は深夜側、つまり太陽の方を向いてなかったので、目撃はされてないようである・・・・。
しかしオーロラは620年12月30日には京都で、

1770年9月17日には北海道から九州まで目撃された記録があるのである。
 
きっと私の母方の大阪で住んでいたご先祖様も
こんな感じでオーロラを見たのだろう・・・・
さらに!
1859年の「スーパーフレアー」によって起きたのは、オーロラだけではない!
北米やヨーロッパで始められていた電報の電信用の鉄塔は火花を発し、
電報用紙が自然発火し、電源が遮断されているのに送受信が可能になった電報システムも一部有ったそうな・・・・。
 
実はこの「スーパーフレアー」2012年にも発生したのだが、幸い地球方向を向いておらず難を逃れたらしいが、少し強めの「太陽フレアー」の太陽風によって、1989年、カナダで大停電が発生し、株式市場でコンピューターが甚大な被害を受けたので有る。
 
 
 
ちなみにこれから10年以内に、スーパーフレアーによる「太陽風」が地球に降りそそぐ確率は12%だそうである。
 
 
 
 
 
もし現代、スーパーフレアーによる太陽風が、地球を直撃すると・・・・
 
 
 
 
 
携帯・インターネット・GPSにテレビ、ラジオは全部だめ!
銀行の資産データ等は全部飛んで、永遠にお金は通常におろせなくなり、太陽風による誘導電流とやらが発生し、高圧変圧器がブッ飛び、急激な停電で原子力発電の核燃料が冷却出来ず高温になり、容器を溶かし流出するメルトダウンが・・・・
 
 
 
 
 
・・・・人類は一気に19世紀以前の生活に引き戻されてしまうのである。
 
 
 
こういった危機に、一部対処出来る準備を始めている国も有るそうだが、
世の中デジタルSNSに、国内では「エネルギーミックス」と言われている時代であるが、19世紀以前のほとんど自給自足や、生きて行く上で最低限のアナログライフラインを確保をしておくべきであろう・・・・。
 
 
 
おしまい。

リトルシニア全国大会

太陽光・蓄電池

2017.03.23

冬の名残のまだ去りやらぬ時候、いかがお過ごしでしょうか。

今週は、中学野球のテーマでお届けする、田辺の谷口です。

去年の秋の近畿大会で、ベスト8のチームが関西代表として出場致します。

北海道、東北、信越、関東、東海、関西、九州、の代表チーム計48チームで熱戦が繰り広げられます。

我がチームは、関東のチームとの対戦となっておりどうなるでしょうね?

次回には、結果がお届け出来るかと思います。

乞うご期待。


太陽光発電の比較

太陽光・蓄電池

2017.03.16

先週の3月4日(土)、5日(日)に新社屋をオープンして1週間が経ちました。

和歌山本社の吉川です。

弊社では太陽光発電6メーカーを取り扱いしてまして各メーカーの太陽光発電を設置しています。

皆様方が気になる発電量比較が当社ではできちゃうんです。

実発電量なんで一目で違いが分かります。

天気の良い時に来て頂ければ発電量の比較が分かりますので、是非この機会にご来場いただければと思います。

太陽光発電をご検討中の方や気になる方は是非ご家族様でご来場ください。


大事な相手にだけ人はシナプスを使う(癒しの話)

太陽光・蓄電池

2017.03.09

皆さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。

エコトップ・紀南エコセンター(於:田辺市)

バレンタインはもらう派・たにもと(女)です。

 

十代の頃から、バレンタインはもらう派なのです。

(大事なことなので2回言いました)

 

今年バレンタインに頂いたものを紹介。

(義理は除く)

ゴディバのお酒!!

アルコール大好き・チョコレート大好きな私のためにあるようなものでしょ!これは!

私に贈るにはまさにうってつけってやつでしょ!これは!

贈り主の心情を慮ると、ほんとに癒されます。

普段から私の発言をひとつも取りこぼさずに覚えている子たちって、ほんと愛くるしいな、って思いますね。

『疲れた時、そっと寄り添ってくれる男がほしい。黙って癒してくれるような男の子』 

と、美容番長のY子さんが言うので 

「ああ、ビューネくんみたいな?」

と返答した私に、彼女はげらげら笑って喜んでいました。 
どうやらとても気に入ったらしい。 

翌日、そのY子さんが、

こないだ、私の友達あ、友達って言っても男友達なんだけどー、私って男友達多いからー。私が、疲れた時に黙って寄り添って癒してくれる男がほしいな、って言ったらビューネくんみたいな?って言ってん。めちゃめちゃおもしろくないー!?』

と、私に言ってきました。

「へえ。その人センスいいすね」

とだけ私は返答致しました。

ツッコミ処は満載ですが。

まず男友達の多い女は、いちいち『男友達』とは表現しません。 
ただ『友達』とだけ言えばいいことです。 

その話題のオチに性別が関係する場合は言えばいいと思いますけどね。
そして毎回 『男友達多いから』と自己申告などはしないものです。

前日に聞いた、私の発言をすっかり忘れて、

翌日、よりにもよって私に報告してくる女性って、ほんと愛くるしくないな、って思いますね。

エコトップ・紀南エコセンター(於:田辺市)では

来店時にFM TANABEカードを提示して頂くと、ファイテンの純金入りのお水をプレゼント致します。

私もいつも飲んでいます。

 

それでは皆さま、ごきげんよう。たにもとでした。

 

 

 

 

 

エコトップ・紀南エコセンター

和歌山県田辺市上万呂146-6

0739-26-5585

0120-857-904

水曜定休日 and more


昭和の生きた化石

太陽光・蓄電池

2017.03.02

毎度おおきに!!角井でございます!!

約1ケ月のごぶさたでございます!!
 
 
 
先月、マツコ・デラックスが出演している番組を見てたら
“衝撃的”な映像に出くわしたのである!!
 
それは我が青春の想い出の宿『桃岩Y・H(ユースホステル)である。
 
 
 
 
 
・・・・38年前の春の事。
 
私が大学受験に失敗し、勉強漬けの日々から逃避したい気持ちから、
家出同然に自転車で日本一周旅行に出かけたのだが、
約7ケ月半の旅の中で最も強烈な印象が想い出に焼き付いてるのが『桃岩Y・H』なのである!!
当時は吉田拓郎や松山千春なんかのフォークソングが流行っている時代で、

一人旅や貧乏旅行をする若者が多く、
1泊2食付きで2000円程度で泊まれるY・Hが彼らの定番の宿で、
そのころは全国で500ケ処くらいあった様に記憶している。

 
 
 
しかし、現在ではそういう旅行者の減少に伴いY・Hは100数十ケ処しかなくなったのである。
 
その理由として、
男・女別の相部屋で、食事の前後の配膳や、食器を洗ったり、フトンを自分でひかなくてはいけない事、夕食後にY・Hで行なわれるほぼ強制参加の『ミーティング』と称する宿泊者(ホステラーという)の親睦会が、
時代とともに若い人達には不評になり、現在のY・Hのほとんどはペンション化してしまい、料金も1泊5~6000円で、当時のおもかげは無くしてしまっているのである。
 
なので、私も折にふれて、日本一周の事を想い出した時に
『桃岩Y・H』もきっと閉館してしまっているだろうなと思っていたのである・・・・。
 
 
 
 
 
が!!!!!!・・・・
 
 
 
 
 
北海道のそのまた北の果ての礼文島に有る、短い夏のころのたった3ケ月間しかやってなかった、
元々はニシン番屋(見張り小屋)のボロボロの宿『桃岩Y・H』は健在していたのである!!
 
しかも送迎やミーティングまでも!!!!!
北海道の北端 (日本の最北端)
礼文島 桃岩付近
礼文島から見た利尻富士(利尻島)
ちなみに『桃岩Y・H』は、私が旅の間に泊まった宿の中で一番良い宿であった訳ではない

 
 
 
しかし、繰り返すが、最も衝撃を受けた、
印象に残る宿であったのだ!
 
 
 
当時『桃岩Y・H』の食事はカレーだけとかで、Y・Hの中でも下位ランク。
二段ベッドにせんべいブトンに、くみ取り式トイレに、ポリ容器みたいな湯舟の浴室のオンボロ家屋に、ホステラーをぎゅうぎゅうに押し込むタコ部屋の宿だったのだが、
 
日本に500ケ処くらいあるY・Hの中
『バカ騒ぎY・H』でダントツの1位だったのである。
 
 
 
当時のY・Hでは『ヘルパー』と称する、寝るところと食事だけY・Hから提供してもらって、ホステラーの世話や食事を作ったり、Y・Hの掃除をする数名の若者がたいていは滞在しており、桃岩Y・Hでは、礼文島の港にフェリーが着くと、『ヘルパー』数名が旗を振って
 
 
 
「お帰りなさ~~~い!!」
 
 
 
を絶叫、連呼して出迎え。
現在はやってないと思うが『桃岩Y・H』までの宿泊者の送迎は軽トラの荷台で、
宿に到着すると玄関でまたもやヘルパーがひれ伏しながら
 
 
 
「お帰りなさいませ~~~!!」
 
 
 
を絶叫、連呼するのである。
ヘルパー達は全員、魚河岸のセリのおっちゃんの様な声である・・・・!!
ちなみに当時、稚内(わっかない)から礼文島へのフェリーでは、

今ではありえないが、大きめの漁船で、甲板にゴツめの板を取り付け、普通車2台くらい乗せ、乗客は船べりをつかんで、約2時間、雨ざらし陽ざらしの状態で波しぶきをかぶりながらの、ほとんど『難民』の船旅であったのである。
 
 
 
そして『桃岩Y・H』の極め付けは食後約2時間の
(19~21時だったと思う)
今風にいうと、
 
 
 
 
 
空前絶後!!
超絶怒涛の大ドンチャン騒ぎ!!
のミーティングである。
 
 
 
 
 
絶叫、連呼のヘルパーが
『ギンギンギラギラ夕日が沈むぅ~♪♪!!』
『おもちゃのちゃちゃちゃ~~~♪♪!!!!』
絶叫しながら、ホステラー(宿泊者)を巻き込んで踊り狂うのである。
 
 
 
・・・・サンシャイン池崎と、
永野と、くまだまさしに、小島よしお達に、
阪神ファンが加わった様な大バカ騒ぎ!!なのである。
 
 
 
そしてミーティング後、22時には消灯。
夏の北の果ての離島の短い夜はふけて行くのである。
というわけで、今ではすでに過去の遺物の様に思っていた、

昭和の青春のひとコマが現存していた事に、私はとてつもなく『懐かしさ』が込み上げて来たのであった。
 
 
 
そして私がこの数年間、元気なうちに行きたい所第1位の『富士山頂』は、
あっさりと『桃岩Y・H』と入れ替わってしまったのである!!
 
 
 
・・・・近年の内の夏に『青春18キップ』でも買って、おとずれてみようと思うのある。
 
 
 
 
 
おしまい